尾身会長(尾身茂)の経歴や生い立ちは?独自提言で政府対立し可哀想との声も!

尾身茂会長

東京オリンピック・パラリンピックの政府分科会の会長を務める尾身茂さん。

「オリンピックをやるのは普通ではない」と警告を発したことで大きな話題を呼んでいますね。

また、コロナのリスクに対する独自提言で政府と対立し、国民からは『可哀想』との声が!

そんな尾身会長は、どのような生い立ちや経歴を歩んできた人物なのでしょうか。

今回は、尾身茂会長の経歴や生い立ちと、可哀想と言われる理由についてまとめていきます。

尾身会長(尾身茂)の簡易プロフィール

尾身茂
生年月日 1949年6月11日(71歳)
※2021年6月5日現在
出生地 東京都
出身校 自治医科大学大学院
自治医科大学医学部
慶應義塾大学法学部(中途退学
)
前職 世界保健機関
西太平洋地域事務局
感染症対策部部長
現職 地域医療機能推進機構理事長
政府対策分科会会長
主な功績 2000年 ベトナム名誉国民賞
2001年 小島三郎記念文化賞
2009年 小児麻痺根絶特別貢献賞
趣味 剣道

プロフィールを簡易的にしても肩書きの多すぎる尾身会長。

自治医科大学医学部を卒業し、医者として働きながら感染症の研究者としても第一人者に。

そして様々な医療機関の権力者として渡り歩いてきた人物です。

今年で72歳になりますが、今もなお日本の医療界を背負って活躍されています。

そんな尾身会長の経歴について見ていきましょう。

尾身会長(尾身茂)の経歴

1949年に東京都で生まれてから現在まで、様々な医療機関で活躍してきた尾身会長。

そんな尾身会長の経歴を一覧で確認していきましょう。

尾身茂の経歴一覧
  • 1949年【0歳】 - 東京都にて誕生
  • 1969年 【20歳】- 東京教育大学附属駒場高等学校 卒業
  • 1971年 【22歳】- 慶應義塾大学法学部 中退
  • 1978年 【29歳】- 自治医科大学医学部 卒業
  • 1987年 【38歳】- 自治医科大学医学部助手
  • 1990年 【41歳】- 世界保健機関西太平洋地域事務局感染症対策部 部長
  • 1999年 【50歳】- 世界保健機関西太平洋地域事務局 事務局長
  • 2006年 【57歳】- 世界保健機関事務局長選挙候補者(落選)
  • 2009年 【60歳】- 自治医科大学地域医療学センター 教授
  • 2009年 【60歳】- 世界保健機関執行 理事
  • 2012年 【63歳】- 年金・健康保険福祉施設整理機構 理事長
  • 2012年 【63歳】- 新型インフルエンザ等対策閣僚会議新型インフルエンザ等対策有識者会議 会長
  • 2013年 【64歳】- 世界保健総会 会長
  • 2013年 【64歳】- 国立国際医療研究センター 顧問
  • 2014年 【65歳】- 地域医療機能推進機構 理事長
  • 2016年 【67歳】- 国際連合国際的な公衆衛生危機対応タスクフォース委員
  • 2020年【71歳】 – 新型コロナウイルス感染症対策本部新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 副座長
  • 2020年【71歳】 – 新型インフルエンザ等対策閣僚会議新型インフルエンザ等対策有識者会議新型コロナウイルス感染症対策分科 会長

理事長・会長・事務局長・座長など、長という長を全て制覇するという素晴らしい実績ですね。

慶應の法学部を中退してから医者を目指した為、医師になったのは29歳頃と少し遅かったようです。

しかし、40歳頃には感染症の分野でかなりの地位にあったことが分かります。

研究者として相当な努力と実績を収めてきたのでしょう。

また、60歳になってからは、世界を股に掛けた様々な医療機関で権力者を担うように。

一般の方であれば、還暦を迎えて穏やかな人生に転換する時期ですが、尾身会長は年々と責任を背負っていますね。

現在は、コロナウイルス感染症対策分科会長として日本のコロナ対策の大きな舵取り役を担っている人物です。

尾身会長(尾身茂)の生い立ち

尾身会長は1949年6月11日に東京で生まれました。

中学・高校といった学生時代は、勉強だけでなく剣道に汗を流していたのだとか。

名門・教育大附属駒場高校の同級生や後輩からの人望も厚かったようです。

彼は高校生のときから『人助けをすることこそが自分の生きがいだ』と言っていました。かかわった人は誰であっても助けようとするんです。

「勉強も部活も一生懸命でした。それに後輩の面倒見もよかったです。忙しい中、いまでも剣道部の集まりには顔を出してくれます」(尾身会長の同級生)

引用:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73265?imp=0

70歳を過ぎた今も趣味として続け、同級生で集まっているなんて素敵ですね。

そして、高校3年の夏に交換留学制度を使って1年間アメリカに留学。

ここでの留学経験が「世界を飛び回る仕事をしたい」と現在まで世界の医療機関で感染症を封じ込める働きをするきっかけの考えとなったのだとか。

留学から戻ってきてからは、慶應大学法学部に入学し、商社員や外交官になるのが夢だったそうです。

しかし、慶應大学在学中に医学者である内村祐之さんの『わが歩みし精神医学の道』に衝撃を受け、医学部受験をするために慶應大学を中退。

それから、開校直後の自治医科大学医学部に1期生として入学し医師の道が始まったようです。

自治医科大学 医学部
自治医科大学 医学部

自治医科大学医学部を卒業後は、都立墨東病院や伊豆諸島の診療所で医師として働いていたそうです。

しかし、母校である自治医科大学にて医学部の助手として戻ってきて、研究者として1990年にB型肝炎の分子生物学的研究により医学博士号を取得。

そして、アメリカ留学生時代の友人からWHOで働くことを勧められ、専門知識を身に付けるため厚生省の技官となり、保険局の医療課に勤務。

そこからは現在の礎となる、世界保健機関の西太平洋地域事務局に入り、感染症対策部の部長等を歴任しました。

世界保健機関に務める尾身茂

東南アジアでの勤務から日本に帰国してからは、現在の地域医療機能推進機構理事長を務めるまでに。

新型インフルエンザが流行してからは、政府の対策本部委員会の委員長に任命。

以降、様々な感染症対策の陣頭指揮を取るようになったのです。

高校時代から、「人助けをすることこそが自分の生きがいだ」と言っていた尾身会長の、人の最も大切な命を助けるために人生を捧げてきたと言っても過言ではありませんね。

オリンピックに対する独自提言で政府と対立し可哀想との声も!

世界の感染症を封じ込めるため、素晴らしい経歴を歩んできた尾身会長。

現在は新型コロナウイルス感染症対策分科の尾身会長が、東京オリンピック開催に対しての発言が話題になっています。

「(東京五輪を)パンデミックの所でやるのは普通ではない」「やるなら強い覚悟で」

国民からしたら真っ当な意見に聞こえますが、是が非でもオリンピック開催を目指す政府の方々はこの発言に激怒。

今まで協力し寄り添ってきた菅首相もかなり怒り心頭だと報じられています。

「『黙らせろ。専門家の立場を踏み越え勘違いしている。首相にでもなったつもりなんじゃないか』などと怒りを爆発させています。尾身会長を菅首相が最近、ひどく疎んじているのは間違いありません。もともと御用学者として側に置いていた尾身会長が謀反を起こし、自分の敵になったという意識が日に日に強くなっています」(政府関係者)

引用:https://news.yahoo.co.jp/articles/64897d3428fab5ac5bd6022cf81f448fa3a3abd0

感染症対策の第一人者としてかなりの影響力がある尾身会長の発言で、オリンピック開催が閉ざされるのを極端に恐れているのでしょう。

しかし、政府は尾身会長の発言を『自主的な研究成果の発表』と位置づけて流そうとしたのだとか。

これには、国民の命を第一に考えて政府と対立する尾身会長に対し、「可哀想」との声が上がっています。

様々な立場の人たちの考えや思惑が錯綜し、大きな歪みを生んでいるのは仕方ないかもしれません。

しかし、最も大切なのは国民の命で、それを守ろうと先頭に立って奮起する尾身会長の意見が捻じ曲げられるのは本当に「可哀想」としか言いようがありませんね。

尾身会長(尾身茂)が『可哀想』というネットの声

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